出来ない理由を考えない

茨城県水戸市で住宅会社(株)ディレクタや防水・塗装・基礎工事や白アリ予防の(有)シュウトクドローンスクールなど数社を経営しています。渡辺秀徳です。

令和4年4月28日、レイクビュー水戸にて水戸市倫理法人会主催の講演会「出来ない理由を考えない」が開催されました。講師は、古河市倫理法人会顧問の高橋勝則さん。県会議員も務める、超多忙な方の貴重な講演です。

根っこはガキ大将。小学6年生から変わらない身長

「私の身長って、まあ大きくも小さくもないでしょ?小学校6年生から変わらないんですよ。だから同級生の中ではかなり大きい方で。幼稚園の頃からガキ大将でした。言うこと聞かない奴は…あの…コブシでね。そんな子ども時代でした(笑)」

講演はテンポの良い自己紹介からスタートしました。

「決して自慢できる話ではないんですけど。生徒数が700人くらいの中学校だったんですが、中学1年で、学年250人のリーダーになりまして。もちろん、悪いほうの(笑)。ワルガキ界のいろんな方から目をかけていただいて、メキメキ頭角を現して順調に…学校に行かなくなりまして。何をしてたかっていうと、昼間は水道工事のバイトをやってお金を稼ぐ。で、貯まったお金で400ccのバイクを買いました。夜中に仲間でバイクに乗って走り回る、アレのためですね(笑)」

朗らかな表情で語る、現在の高橋さんからは想像もできない時代です。

「高校も一応行ったんですが、10日で退学。そのまま、父がやっている水道工事の会社に就職しました。昼は仕事、夜はバイク。その頃からすでに先輩の命令は絶対だったので、何を頼まれようが断らなかった。何も考えずにYES。結果として、栄えある親衛隊長を拝命したんです」

親衛隊長は、いわゆる「ケツ持ち」だそうで、夜間走行中、〇察とか暴〇団の方に見つかった際に、他のメンバーが安全に逃走できるように、チームの一番後ろで粘る重要な役目なのだとか。

「中学からバイク乗ってましたから、運転は誰より上手い。だから適任でしたね。あと、鉄の掟があって。万が一捕まっても、絶対に口を割らない。何があってもです」

活躍が認められ、17歳で第11代目の総長に。演台のそばにあるホワイトボードを裏返すと…

特攻服と当時の写真が登場。一同、大歓声。

「これを着てね、総勢150人の総長を張ってました。普通は18歳にならないと総長になれなかったんですが、優秀だったもんで、飛び級ですよ(笑)」

着実にヤンチャ道を進む高橋さん。しかし心の中には違和感があったそうです。

「ヤンチャ界に入るのが早かったので。幼稚園デビューですから(笑)。いつまでも不良でいるのはカッコ悪いなって。辞める時は潔く辞めたかった。18歳の時に、引退式をやってもらって、綺麗に足を洗いました」

引退。迷惑をかけた地元に、貢献したい

チーム引退後、高橋さんは地元に貢献したいと、強く思うようになったそうです。

「地元にはさんざん迷惑をかけてきた。だから地元に貢献したくて、商工会、消防団、JCと、いろんな団体で活動しました。根っこには『何を頼まれても断らない』っていう、悪ガキ時代のルールが刻まれてるんで、『日本出向に行ってくれ』と言われれば『はい!』と言う。何も考えないで即答ですよ。結果として、日本全国を歩かせてもらいました」

転機は2009年、37歳。JC茨城ブロックで、公開討論会を担当することに。

「2009年、麻生内閣の衆議院解散の時。JC茨城ブロックの公開討論会の担当になったんです。それまで政治について深く考える機会は無かったんですけど、色んな政治家の話を聞いてみたくなった。そこから5年間、県内外の議会を見学に行ったんです。そしたらね、中身が無い政治家が多いんですよ。『あなたのマニュフェストは何ですか?どんな想いでやってるんですか?』って質問しても、『原稿がないからダメだ!』って言われて。政治家って、こんなんで良いの?って思うじゃないですか」

政治に興味を持った高橋さん。櫻井よしこさんの塾に入り、本格的に政治にのめり込む。

「櫻井さんの塾って、すごく門が狭くて。50人の枠に対して、150人とか応募するんですよ。でも、絶対ここで勉強する!って決めていたので、なんとか入塾できて。勉強させてもらいました」

42歳、政治家になることを決意。

「政治で地元を変えたいって強く思うようになって。現常総市長の神達岳志さんに相談にいったんですよ。『市議になりたいんです!』って。そしたらね、『ダメだ!』って言われた。やっぱり悪ガキだったし、中卒だし、無理だ!って意味だと思いましたよ。そしたらね、『高橋、お前はJCで全国を見てきたんだろ。本当に地元を変えたいなら県議になれ!』って言われたんです」

とはいえ、県議選は1か月後。奥様に説明する間もなく、選挙に挑むことになったそうです。

「嫁に内緒で勝手に立候補して、記者会見やっちゃった。無茶苦茶ですよ。倫理に入ったのもこの頃。とにかく、票が欲しかったんで、形だけ入会しました。結果、当たり前なんですけど、1200票差で負けました。はじめのうちは、周りのせいで負けたと思ってましたよ。『周りが何にもしてくれなかったから、嫁が手伝ってくれなかったから』って。嫁には説明すらしてなかったんで、そりゃそうですよね」

高橋さんが変化し始めたのはこの頃。倫理法人会に通うように。

「票欲しさで入会した倫理なんですけど、会費が1万円かかりますよね。もったいないから、通ってみるかと。そしたら会員がみんな勉強家で、すべてにおいて『感謝』しているんですよね。古河の倫理って、60歳はまだ若い!って言われるくらいで、70代、80代の会員も、早起きして勉強してるんです。驚きました」

2度目の挑戦。冷たすぎる周囲の目

そして2度目の県議選に挑戦することに。

「毎日、交差点に立って挨拶をしました。そりゃひどいもんですよ。地元ですから、私の悪ガキ時代を知ってる人なんかはね、中身の入った缶を投げつけてきたり、唾を吐きかけてきたり。私の事を嫌いな人、いっぱいいるんですよ。のぼり旗を倒されたこともあります」

それでも、高橋さんは挨拶をやめませんでした。その背景には、倫理の学びがあったそう。

「皆さん倫理やってるからわかりますよね、振り子の原則。良いも悪いも自分に帰って来るっていう。その通りだと思ったんです。悪ガキ時代になんでも力でねじ伏せてきたその結果が、今帰ってきたんだなぁって。だから逆に、感謝しなきゃって思ったんです。すべて受け止めようって。だから、どんなにひどい事言われようが、缶を投げつけられようが、『ありがとうございます!』って、言うようにしたんです。それを1年続けたら、変化がありました」

高橋さんは挨拶を続けました。すると、周りの人からこんな声が聞こえてきたそうです。

「挨拶をはじめて1年経ったころ。罵声とか嫌がらせがピタッと止んだ。『古河市の県議は3人なんだから、1人ぐらい変わったやつがいても良いんじゃないか』って言ってくれる人まで出てきてくれた。倫理の学びのおかげで、2度目は1600票差で、当選できたんです」

できない理由は探さない。挑戦は続く

高橋さんの挑戦は終わりません。

「もっと勉強したいな、って思うようになって、高校に入ってみよう!と。受験申込に行ったら『お父さん、だめですよ、申込は本人がいないと…』なんて言われてね(笑)。通信制の高校に無事合格したんですけど、色んな子がいて。ヤンチャな子とか、オリンピック目指してる子とか。通信制だけど体育やなんかで学校に集まっることがあって、同級生に声を掛けたり、話を聞いたりするんです。同級生の親御さんから、先生と勘違いされながら(笑)。例年は結構、辞めちゃう子が多いみたいなんですけど、私の学年は、誰1人辞めなかった。ちょっと自慢になっちゃいますが。卒業した後も『もっと勉強したい!って思って、50歳で大学に入学しました。今2年生なんですけど、心理学を専攻しています。」

終始一貫しているのが、高橋さんの「できない理由を探さない」姿勢です。

「人って、どうしてもできない理由を探してしまうもんです。人脈が無いとか、経験が無いとか。でもね、できない理由なんて、探したらいくらでも出てきますよ。私なんて、ちっちゃい頃からずっこけてばっかり。簡単に諦めちゃダメです。今の目標は古河市市長!宣言します。目標を立てて、実行することが大事なんですよね」

政治家として、人としてなすべきこと

講演が終わって朝食を食べた後、少しだけ高橋さんとお話をする時間をいただくことに。貴重な機会でしたので、高橋さんが思う「政治家が果たすべき役割」について、語っていただきました。

「JC時代に、いろんな政治家の話を聞く機会があったって、講演で話しましたけど。極端な話、一般市民の方が、市とか県に直接提案したところで、聞いてもらえないってことが分かった。じゃあ議員を使おう!ってなったところで、受け皿になってくれる人が本当に少ない。じゃあ、自分が政治家になって、市民の皆さんの受け皿になれば良いじゃないか、と。最初はそれがきっかけです。でもね、結局ヤクザの世界も暴〇族の世界も、政治の世界も一緒で、意見を通すためには上にならなくちゃいけない。普通のやり方だと10年かけないと実現できないことが、ヤクザや政治の世界だと、電話一本で済んじゃうことだってある」

「政治の世界に限らず、大切なのは感謝の気持ちと礼儀。その気持ちが薄い人って結構多い気がしますよ。倫理法人会って、その辺も学べる場ですよね。それが出来ている人って、例えば議員を辞めようが、役職を退こうが、『肩書の無いただの人』になったって、周りに人がたくさん集まる。立派な人って、成功は自分の力じゃなくて、周りの人のお蔭だって、本気で思ってるんですよね」

決めたら必ずやる。そして感謝の気持ちを忘れず、伝える。シンプルな事ですが、それが出来ている人は少ないんじゃないでしょうか。

高橋さん、貴重な時間をいただき、ありがとうございました。渡辺秀徳でした。

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